埼玉大学教育学部附属中学校

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校長挨拶

いまから半世紀近くまえ、私が通っていたのは、東京都内にあるごくふつうの公立中学校でした。でも、そこで出会った先生たちとの思い出は、どれも忘れがたいものばかりです。

例えば、美術の先生だったK先生は、ある日いつになく沈痛な面持ちで美術室に入ってこられました。小学校の図工も中学校の美術も苦手だった私は、何も考えずに先生の姿を目で追いかけていました。先生は黙って教壇に立たれたかと思うとくるりと後ろを向き、いきなり大きな字で次のように書かれました。

「巨星墜つ」

突然のことで、さすがの悪ガキたちも静まりかえりました。先生はしばらく沈黙されたあと、こう言われたのです。

「ピカソが亡くなりました。」

そのあと先生はピカソの業績についていろいろ語って下さったと思うのですが、それについては何も覚えていません。ただ、あのときの先生のただならぬ気配、失われたものがどれほど大きいものであるのかを私たち中学生に伝えようとされる熱意は、半世紀たったいまでも昨日のことのようによく覚えています。

また、あるとき、私は休み時間に本を読んでいました。いつもは友人たちと大騒ぎするのですが、そのときはどうしても気になった本(それは当時はやっていたアメリカ映画『死刑台のメロディ』の原作でした)があって読みふけっていたのです。と、廊下を歩いていたバリバリの新人国語教師S先生が、教室に入ってこられ、「安藤、おまえ何を読んでいるんだ?」と尋ねられました。私は、その書名を答えました。すると、S先生は「いい本読んでるなぁ」と言われ、さらにしばらく考えてこう言われたのです。

「安藤、人間の思想というのは美しくなきゃいけないんだ。」

この言葉もいまこの瞬間に至るまで私は忘れたことがありません。自分自身が60年の歳月をかけて「美しい思想」を育んでこられたとは到底思えないのですが、それでもこの言葉は、まるで北極星のように、私にとって生きるうえでの指針となってきました。

中学校教育の大切さを語るための理論はいくらでもあります。けれども、それ以前に、私はこうした自分自身の経験を通して、中学校教育というのがどれほど大切なものであるのかということを身をもって感じてきました。それゆえ、本校の校長として着任することが決まったとき、私はたいへんな仕事をお引き受けすることになった、と思ったのです。

本校の設立は1947年4月、今年で74回目の春を迎えたことになります。この間、約13,000名余りの生徒さんたちが入学され、優秀な先生方のもとで無数の個性的経験をされ、様々な希望を抱いてこのキャンパスをあとにしていかれました。その先生方と生徒さんたちが残されたたくさんの蓄積は、本校の校風や文化として、ひとつひとつの授業や行事のなかに深く刻み込まれています。生徒さんたちを主人公として、保護者の皆さんのご支援をいただきつつ、全教職員が協力しあってさらに豊かな学校空間をつくりだしていくことがいま本校にいる者たちの課題ということになります。

奇しくも、今年2020年は新型コロナ・ウィルス感染の世界的拡大の年として人類史に刻まれることになりました。あらゆる場でいままでのやり方が通用せず、斬新なアプローチが必要となる事態が生じています。言うまでも無く、教育もまたその例外ではありません。中学生に求められる学びをしっかり踏まえつつ、これからの時代を生き抜いていくためにはどのような学びが必要なのかを問い、つくりだしていくことが求められています。それは容易ではありませんが、きわめて創造的な営みである、ということができるでしょう。

本校の教育に対するさらなるご支援ご協力をなにとぞよろしくお願い申し上げます。

  • 安藤聡彦 校長(あんどうとしひこ)
    埼玉大学教育学部教授。専門は環境教育学・社会教育学。学校のみならず、公民館・博物館・図書館等の社会教育施設や豊かな自然など、様々な教育資源を質の高い人間形成のために活用していくにはどうすればいいのかを考えてきました。地元(所沢市)に戻ると、公益財団法人トトロのふるさと基金という団体で、多くの仲間とともに、国内外からの寄附金で森を買い取り保全するナショナル・トラスト運動に取り組んでいます。