埼玉大学教育学部附属中学校

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校長挨拶

歩みながら考え、勇気をもって進んでいける人間に

先日、何年かぶりに地域の方々へご挨拶に伺うため自転車に乗りました。人間の記憶の中にはMotion Memory(運動記憶)というものがあるそうです。当たり前のことですが体に染みついた運動記憶は簡単に忘れるはずがありません。おかげで、久しぶりに自転車に乗り、春の暖かな風を受け気持ちのよいひと時を過ごすことができました。

 この時ふと思い出したことがあります ー これも運動記憶が引き金となって立ち現れた記憶(思い出)だと私は感じていますが ー 30年以上も前に中学校の新任教員だった時のことです。先輩の先生に、夏休みに生徒を連れて佐渡までサイクリングに行かないかと誘われたのです。1日目は佐久で宿泊。2日目は長野市内を通り直江津港からフェリーで佐渡の小木港へ渡ります。この間は、しばしの休憩となりますが、元気な数名は大はじゃぎ。小木港から再び自転車で佐渡市方面に向かう時には当時コンビニもなく街灯もほとんどなかったため真っ暗となっていました。フェリーで十分休憩を取らなかった子どもたちの中にはかなり疲れが出て、いわゆる“泣き”が入った子どももいました。しかし、その子どもたちを励ましながら走り続けます。そして、砂浜に到着。この日は晴れていたので砂浜に寝転んでの宿泊。空は満天の星……。夜空の星のあまりの美しさにその日の疲れも吹っ飛んだことを今でも覚えています。なかなか生徒指導が大変な学校でしたが、一緒に過ごした子どもたちは“共に歩む者”として学校でも活躍してくれました。子どもとのこのような時間の共有は私の教育観を支えてくれる大切な財産となっています。

 今では考えられないことが許されていたとてもおおらかな時代でした。時代が変わり、子どもたちへの関わり方や教員の働き方を変えていかなければならない現在においても変わらないもの、変えてはならないものがあります。それは、教育への情熱、子どもへの愛情、そして教育に誠実に向き合う教員の姿勢だと考えます。

 私は1985年に埼玉県内の中学校教員として教職人生をスタートさせ、その後、管理職や県などの教育行政に携わってまいりました。しかしながら、本校校長として着任することが決まった時、これらの経験(時には体に染みついた記憶)が邪魔することもあるのではないかとまず考えました。これまでの経験や知見の編み直し(unlearn)をすべく、心新たな気持ちで情熱をもって学校経営・学校運営に向き合っていく所存でございます。

 本校の設立は1947年4月、今年で77回目の春を迎えます。これまで13,501名もの生徒が卒業し、多くの教職員や保護者の皆様とともに学校文化を紡いでこられました。様々な方々の関わりの中で築かれた素晴らしい学校文化を、保護者や地域の皆様のお力添えをいただきながら、生徒を主人公にして教職員とともにより良いものに高めてまいります。

 コロナウィルスの猛威が収まり、世の中もコロナ前と同じように動き出しているようですが、よく見るとすべてが元通りにというようにはいっていないようです。この3年間、私たちはこれまでの当たり前が通用しない数々の経験をし、立ち止まって物事を考えざるを得ない場面が多々ありました。不安定な世界情勢の中で先行きはまだまだ不透明で予測不可能ですが、そのような中にあっても自ら歩みながら考え、さらに前へと進んでいく行動力が試されている時だと感じています。自分の頭で考え、勇気をもって一歩を歩み出すことができる“正しい判断力とたくましい実践力をもった自主的人間”を育成するため、本校の教育に対するご支援・ご協力をなにとぞよろしくお願いいたします。


  • 関口 睦 校長(せきぐち むつみ)
    埼玉大学教育学部附属教育実践総合センター教授。
    36年間の教職生活(中学校教諭・管理職・埼玉県教育委員会事務局職員など)を経て2021年現職。専門は教師教育学。教員養成・教職支援の在り方、校内研修の在り方、教師同士の学び合い、教育格差などについて研究しています。3年間のコロナ禍の中で、結論はすぐには出ないが立ち止まって考えることは人間として本来価値のあることであることを再認識し、教員も子どもも伸び伸びと学ぶ環境づくりが大切だと感じました。教員を育てるという視点よりも“教員が育つ場づくり”の重要性について研究と実践を進めていきたいと考えております。